「厳しい指導で成長する!」って考えを持つ人は割といるんじゃないかと思います。
仕事や部活動の厳しい指導や辛い経験に耐え、よい結果が出た瞬間の喜びは、素晴らしいものがあります。
- あの辛い経験を乗り越えたからこそ成長できた!
- 上司や先生は厳しい人だったが、そのおかげで一人前の人間になることができた!
厳しい指導はストレスを与えるが、その壁を乗り越えることで成長する、という考えですね。
こういったストーリーは感動的ですし、良く「成功の物語」として、本やドラマなどで見かける話なんじゃないかと思います。
- 「厳しい指導こそが人を育てる」
- 「困難を乗り越えられる人だけが成長する」
- 「厳しさに耐えられず潰れてしまうようなら、その人はそれまでだったということだし仕方がない」
僕は学生の頃から割と体育会系文化で育ってきたこともあり、上のような考えに触れることが多かったんですよね。
社会人になって後輩を育てる立場になった時も、「厳しく指導しろ!」みたいに言われましたね(笑)
しかし、実際のところそれって本当に正しいのでしょうか?
基本的に厳しい指導によりストレスがかかることになると思いますが、それは実際のところ、人へどんな影響を与えるんでしょうか?
成長のためには困難は避けられない
個人的には「困難が成長や意義ある人生には欠かせないもの」という考えは正しいんじゃないかとなと思っています。
例えば、2005年から2006年にかけて121カ国・12万5000人を対象にギャラップ(世論調査の大手)が行った調査によると、「ストレス度指数の高い国ほど繁栄度(平均寿命・GDPなど)も高い」ことがわかりました。
まあこの調査では相関関係が微妙なところではありますが(ストレスレベルが高いと繁栄するのか、繁栄するとストレスがレベルが上がるのかよく分からない)。
ただ「適度なストレスが成長に役立つ」というのはホルミシス仮説に近い話で、全く否定できる話ではないよなと思います。
また、「意義ある人生には苦難は避けられない!」っていうのも正しいんじゃないかと思っています。
例えば心理学者のケリー・マクゴニガルさんの著書『スタンフォードのストレスを力に変える教科書』のコメントを引用すると、
ストレスと生きがいは、なぜそれほど強く結びついているのでしょうか?
ひとつの理由としては、自分の役割にしっかりと取り組み、目標に向かって努力すれば、目的意識を持って生きていけるいっぽうで、ストレスも避けられないからです。
出典:『スタンフォードのストレスを力に変える教科書』
慣れないことや出来ないことをやる時にストレスを感じるのは仕方がないことで、それ自体は悪いことでないですが、ストレスを避けると問題なんじゃないかと。
- 知らない人と話すことが嫌だからといって避けていたら、新たな友達を作ることは出来ない
- 外国語が苦手だからといって話すことを避け続けたら、いつまで経っても話せるようにならない
「チャレンジ」というのは今の自分が出来ないこと、出来るかわからないことをやるからこそチャレンジなわけで、出来ないことや嫌な想いをすることを避けてばかりいたら、新しいことは出来るようにはならないし、物事をよい方向に変えていくことは出来ませんからね。
『反共感論』などで有名なイェール大学のポール・ブルームさんなんかも、「意義ある人生には苦しみは絶対に欠かせないもの」と言っています。
これは自体はまあ納得の話なんじゃないかなと。
幸せのためにもネガティブな感情は必要
また、個人が幸せな人生や意義ある人生を生きるためにも、ネガティブな感情は欠かせないもの。
自己啓発やポジティブシンキングなんかでは「ネガティブな感情は悪だ!」のように語られることがありますが、個人的に「ネガティブな感情が全くないっていうのも問題だよなー」と思っています。
- 健康上のリスクが最も低いのはストレスレベルが中程度の人で、ストレスが全くない人は、ストレスが最も多い人と同様にうつ病などのリスクが上がる(R)
- ポジティブネガティブに関わらず、1日の内にで多様な感情を感じる人ほど体内の炎症レベルが低い(R)
上記のようなデータがあったりします。
よく幸せな人生というと「ストレスが全くない、南国のリゾートでのんびり暮らして美味しい食べ物をたくさん食べて毎日を過ごす」的なイメージで語られがちですが(笑)
ネガティブな感情は、全面的に悪いものというわけではなく、むしろ適度にある分には人生にプラスの影響を与えてくれるようです。
ここまでの話を踏まえると、人生や仕事に「困難や苦しさ」が必要、っていう話自体は正しいんじゃないかと思っています。
「厳しい指導」の悪影響
ただし、「厳しい指導が人を育てる」って考え方には、全面的に賛成できるものではないと思っています。
というのも、上に書いたように適度なストレスに良い影響がある一方で、過度なストレスやプレッシャーが悪影響を与えるのもまた事実だからです。
「ストレスが体に悪い」というのは周知の事実かとは思いますが、実際のところどれくらいの悪影響があるんでしょうか?
悪影響①ストレスの悪影響
上にも書いたように適度なストレスであればむしろ良い影響があるのですが、過剰なストレスには心身へ悪影響を与えるのは言わずもがな。
例えば代表的なデータには以下のようなものがありますね。
- 職場のストレスは受動喫煙よりも体に悪い(R)
受動喫煙より健康に悪いというのは中々恐ろしいもので、死亡率の増加や心疾患病を患うリスクなどと優位な相関が見られました。
どれくらいが過剰なストレスなのか、っていうのは難しい(というか個人差がある)部分かなと思いますが、
- 疲れているのに眠れなくなる、寝つきが悪くなる
- 疲れが取れにくくなる
- 頭がボーッとする、体調が悪くなる
みたいに、何かしら体に異変が起きるようなら結構危ないんじゃないかと思います。
特に、短期的にかかるストレス(プレゼンをするとか)は仕事の満足度を上がる傾向がありますが、長期的なストレス(人間関係の問題や職場環境の問題など)は心身へ悪影響を傾向が強いので、後者のようなストレスを感じる人も、注意が必要かと。
また、
- 仕事上の制約が多い
- 長時間労働
- ソーシャルサポートの欠如
- ワークライフバランスの崩壊(仕事を家に持ち帰る、休日でも仕事の連絡が来るなど)
この辺りは職場のストレスや健康リスクの増大に優位に相関することが分かっているので、過度なプレッシャーを与えたり、「成長のためだ!」などと抱えきれなほどの仕事を与えるのは避けた方が無難だと言えるでしょう。
悪影響②「ミスや問題は悪いもの」だと考えてしまう
私は失敗したことがない。
ただ1万通りのうまくいかない方法を見つけただけだ
-トーマス・エジソン(発明家、起業家)-
「厳しい指導」と言えば、特に何かしら失敗した時に向けられるもの。
部活動の試合や練習でミスをした時の「懲罰」然り、仕事での失敗に対する熱血指導然り。
しかし、上のトーマス・エジソンの名言にもあるように、失敗とは成長の過程に欠かせないもの。
そんな失敗を厳しく咎めることで、どんな影響が生まれるのでしょうか?
実際、「失敗を厳しく罰すれば成長に繋がる!」という考えはそれなりに浸透していると考えられます。
ハーバード・ビジネススクールが行ったある調査によると、企業幹部が非難に値すると考えているのはミス全体の2%〜5%しかないにもかかわらず、実際は70%〜90%が非難の対象として処理されているということが分かったそうです。
これも「社員の成長のため!」ということなのか、大半のミスは指導の対象になるようですね。
しかしその結果何が生まれるのでしょうか?
組織心理学者のアダム・グラントは、著書『THINK AGAIN』で以下のように述べています。
他者が失敗や過ちを咎められるのを見て、力量を発揮することを躊躇し、自分の立場を守ろうと必死になる。
自分の言動を制限することを覚え、口を閉ざし、疑問や懸念の声を発しない。
出典:『THINK AGAIN』
本来失敗とは成長に欠かせないプロセスの一つであるはずが、失敗を恥ずかしいもの・処罰の対象となるものと考えることで「失敗は悪!」と考えてしまうんですね。
これは、例えばハーバード大学教授のエイミー・エドモンドソンが行った研究によると、失敗を厳しく罰することで社員はミスを隠すようになり、その結果ミスの数も多くなったということが分かっています。(R)
厳しく咎められるのを分かっていて喜んでミスを報告する人なんていないでしょうし、ミスが表にでなければそこから学ぶことも出来ないでしょう。
このようなのが文化が行き過ぎると、以下の記事でもご紹介したかつてのNASAの事件や、歴史的な不正の隠蔽エンロン社のような事態につながっていくのではないでしょうか。
悪影響③創造性の低下
最後3つ目は、創造性の低下です。
組織心理学者のアダム・グラントさんは、著書『ORIGINALS』の中で、「子供の出生順位が、大人になってからの創造性に影響することが分かった」と述べています。
具体的には、「第一子は現状を維持する傾向があり、後生まれの子供ほど独創的なアイデアを持ち現状打破を試みる傾向がある」ということが分かったそうです。
「出生順位が創造性に影響を与える!」というのは衝撃的ですが(そして第一子の私にとってはショッキングですが)、どんな理由が考えられるんでしょうか?
このように出生順位が創造性に影響を与える理由について、『ORIGINALS』の中で以下のように述べられています。
家族が多くなればなるほど、下の子はルールがゆるみ、兄や姉が親に見逃してもらえなかったことでも見逃してもらえるようになる。
オリジナルな人の多くがリスク・テイカーなのは、周囲が自主性を尊重してくれたり、守ってくれたりするからだろう。
出典:『ORIGINALS』
他にも、例えばハーバード・ビジネススクールの心理学者テレサ・アマビールさんによる調査で、「一般的な親は子供に平均6つのルールを与えるが、創造性が高いと認められた子供の親が与えるルールは、平均1つ以下だった」ということがわかりました。
厳しい指導や制約の数が、創造性に影響を及ぼしていることがわかりますね。
これらは子供を対象にしたデータですが、大人に対しても当てはまることが十分考えられるでしょう。
逆に、創造性が高いと認められる人たちは、子供の頃にどのような育てられ方をしているのでしょうか?
神学者のドナルド・マッキノンが建築家を対象に行った研究によると、創造性が高いと認められた建築家には、以下のような特徴があったそうです。
- なぜそのルールが必要なのか、なぜ良くて何が悪いのか等、親自身の考え方や論理的根拠をはっきり示して説明していた
- その上で、子供たち自身の手で価値観や道徳感を選択する自主性を大切にしていた
必要なのは厳しさではなく、理性的・建設的に説明をした上で、何を信じてどう行動するか、最後は子供の自主性に任せることみたいですね。
ということで、かなり長くなってしまうので一旦ここまで。
次の記事で、「パフォーマンスの向上に本当に必要なことは何なのか?」というところを書いていきたいと思います。
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