【感想・考察】『才能の科学』ー結局、努力は報われるのだろうか?

価値観/キャリア

喜びとは勝利それ自体ではなく、途中の戦い、努力、苦闘の中にある。

-マハトマ・ガンディー(弁護士、宗教家、政治指導者)

マシュー・サイドさんの著書『才能の科学』の感想と考察です。

先日以下の記事で、『才能の科学』の内容を簡単にまとめていきました。

詳細は上の記事をご覧いただければと思いますが、ここでも簡単に内容を振り返っていきましょう。

本書の主張は単純明快、「この世に才能なんてものはない!全て努力次第だ!」というもの。

オックスフォード大学を首席で卒業、卓球のオリンピックイングランド代表経験ありと、まさに「才能の塊」と言えるような著者自身が、才能の存在を否定していきます。

著者の経験だけではなく、心理学者アンダース・エリクソンの研究結果を始め、様々な科学的根拠をもとに話が展開されています。

  • アンダース・エリクソンらが行った一流のバイオリニストとそうでないバイオニリストの違いを調べた研究では、技能レベルに応じて3つのグループに分けてそれぞれインタビューを実施した。その結果、各グループ間で経歴等にほとんど違いは見られなかったが、練習時間だけが大きく異なっていた
  • チェスやゴルフ、数学などの広範な分野での研究から、一流になるためにはおよそ1万時間の練習時間が必要だということがわかっており、マルコム・グラッドウェルはこれを「1万時間の法則」と呼んだ。

大きなところとしては上のような話でしょうか。

つまり、「才能なんてものは存在せず全ては練習時間で決まる!そして一流になるためには1万時間はかかるんだからとにかく努力し続けろ!」というメッセージです。

これには勇気づけられる方も多いのではないでしょうか。

天才とは、1%のひらめきと99%の努力である。

-トーマス・エジソン(発明家・起業家)

天才とは、無限に努力できる能力のことである。

-トーマス・カーライル(英国の思想家、歴史家)

こういった名言にもある「努力の重要性」が、あらためて立証されたような形ですね。

ただし、ここで単純に「全ては努力で決まるのだ!とにかく努力し続けろ!」と考えてしまってもよいのでしょうか。

例えば以下のような考え方はどうでしょうか。

  • 寝る間も惜しんで努力しろ!他の人が眠っている間に差をつけるんだ!
  • どんなときも決して諦めるな!弱音を吐くな!努力し続けろ!

こういった話が無茶苦茶なのは明白でしょう。

「努力の重要性」が過剰に単純化されることで、上記のような根性論がまかり通ってしまうのではないかと、個人的には懸念もあるわけです。

実際には、ウィリアムズ大学の研究により睡眠時間が少なくなるほど年収が下がることが報告されています。

また複数の研究により、山頂に到達することを諦めない根性のある登山家ほど、遠征中に命を落とす可能性が高いことがわかっています。

残念ながら、全ての努力が私たちを良い方向に導いてくれるわけではないようです。

そこで、この記事では「どのように努力をすれば、私たちは良い方向に進めるのだろうか?」というところを考えていきたいと思います。

スポンサーリンク

努力で全てが決まるわけではない

「努力はどれだけ重要なのか?」「努力だけでどこまで結果を変えることができるのか?」というところは、今なお議論が多い分野かと思います。

ただし少なくとも、「1万時間の法則」のような「全ては練習時間で決まる!」という考え方は劣勢な状況にあるのは間違いないでしょう。

というのも以前の『才能の科学』要約記事でもご紹介したように、「1万時間の法則」の元となったアンダース・エリクソンの研究には否定的な見方も多くあります。

例えば、エリクソンの研究の不備と思われる箇所を修正した上で行なった追試では、以下のような結果がで報告されました。(R

  • 「練習時間の違いは、一流バイオニリストのスキルの26%しか説明出来なかった(当初のエリクソンの報告では48%だった)
  • むしろ、最高のバイオニリストは平凡なバイオニリストよりも練習時間が短かった

この26%という数値がどれだけ普遍的に当てはまる数値なのかは分かりませんが、残念ながら努力で全てが決まるほど単純ではないようです。

それでもそこは解釈一つ。

3割は努力次第で変えられる余地があるわけです。

努力で変えられる余白部分を確実に良いものにするために、私たちはどのような点に注意を向けるべきなのでしょうか?

努力で全てが決まらずとも、報われやすい努力はある

練習は嘘をつかないって言葉があるけど、頭を使って練習しないと普通に嘘つくよ

-ダルビッシュ有(メジャーリーガー・投手)

努力の重要性を強調する有名なものの一つに、キャロル・ドゥエック博士の名著『マインドセット』があります。

『マインドセット』は「努力すればできる!」という考えを科学的に証明した名作であり、ドゥエック博士が手がけたマインドセットに関する研究は、この『才能の科学』を含めあらゆる著書にも引用されています。

ドゥエックさんは、人間には以下の2種類のマインドセットがあると主張しています。

  1. 硬直マインドセット:知性や能力は遺伝子で決まるので変えることが出来ないと考える
  2. しなやかマインドセット:知性や能力は努力で変えられるものだと考える

そして子供たちを対象にテストを実施結果、しなやかマインドセットを持った子供たちほど、難問にも諦めずに取り組み、実際に成績も向上したそうです。

つまり、「能力は生まれつきで決まるものではなく、努力で変えることができる」という信条を持つことが、良い結果に繋がったということ。

こういった結果につながる理由は、「努力次第で結果を変えられる」と思えば、チャレンジを恐れず、たとえ失敗してもそこから学ぶことができるからです。

「能力は生まれつきで決まるものなので変えることが出来ない」と考えている人にとって、失敗は自分には能力がないことを証明するものになります。

なので失敗を恐れてチャレンジすることが出来ず、そもそも失敗を認めようとしないので、失敗から学ぶことが出来ません。

一方で「努力で結果を変えられる!」と信じられる人は、現在の結果で自分の能力が決まるわけではないと知っているので、未来でより良い結果を出そうと現状の失敗を受け止め、努力していくことができるわけです。

改めて素晴らしい話だと思いますが、しかしここで「とにかくがむしゃらに努力すればいいんだ!」と考えてしまうのは、やはり早計です。

英語版の『mindset』では、ドゥエック博士は次のように語っています。

何らかの問題が起きたときに、子供たちは「努力だけではどうにもならない」という事実を認識しなければならない。

効果がない戦略を使い続けて、努力の量だけを倍にしても意味がない。

出典『mindset』

つまり、重要なのは努力そのものではなくその努力が成長につながっているかどうかということ。

そのためにはプロセスに目を向ける必要があるし、効果的な戦略になるように努力と工夫を重ねていくことが必要です。

もちろん、効果的な戦略なんて簡単に見つかるものではないので、この辺りは色々と試しながら良いものを見つけていくしかないですね。

先述のダルビッシュ投手の言葉のように、報われる努力をするためには頭を使いながら成長につながる努力ができるよう工夫を重ねていくしかないでしょう。

なかなか難儀な話ですが、当ブログでもそのヒントになるようなものを書いていきますね。

努力の量に成果が比例する訳じゃないし、簡単には報われない。

良い戦略が見つかるには色々試すしかないし、そうなると当然、結果が出るまでには長い時間がかかります。

そんな中でモチベーションを維持し、努力を続けていくのは非常に難しいように思います。

途中で心が折れることなく、努力を続けていくためにはどのようにすればよいのでしょうか?

努力が辛い時、どのようにモチベーションを維持するか?

努力を続けられず途中で挫折してしまう時、よくあるのは以下のようなパターンでしょう。

  • 「半年で10キロ痩せる!」という目標を立て、大好きなお菓子を我慢しようと決意する
  • しかし次第にお菓子を我慢することが出来なくなり、ダイエットを諦めてしまう

または、以下のようなパターンではないでしょうか。

  • ここ最近運動不足になりがちなので、「週3回ジムに行く!」ことを決意する
  • しかし次第に仕事帰りに行くのが億劫になり、ジムに行くのを諦めてしまう

目標を定めた当初こそ絶対に目標を達成すると意気込んでいたものの、やがてモチベーションが尻すぼみしてしまい、途中で辞めてしまうパターンです。

そうなってしまうのには実際は色々な理由があると思いますが、その大きな原因の一つは「一向に達成感を得ることが出来ないから」です。

この点で参考になるのは、ハーバード・ビジネススクール教授で心理学者のテレサ・アマビールが行った研究です。

著書『マネージャーの最も大切な仕事』の中で紹介されているもので、著者が7つの企業238人のビジネスマンを集めて日誌を書いてもらい、集まった1万2000件ものデータを分析しました。

その結果、以下のことがわかりました。

  • 社員に意欲を起こさせる最善の方法は、毎日の仕事の中でほんの少しでも、“仕事が前に進んでいる“と感じられるようにすることだった
  • 大きな功績にしか関心を示さない人と比べ、小さな成果を途切れなく感じている人の方が、人生に対する満足感が22%高い

「目標を高く持て!」「大きなことを成し遂げろ!」

こうした自己啓発に溢れる世の中では、ついつい高い目標にばかり目が行きがちです。

しかし、モチベーションを維持し、努力を続けるために本当に重要なのは、「日々小さな前進が感じられる」ことだったのです。

この「小さな前進」を日常に組み入れるためには、どのような方法があるのでしょうか?

メンタリストDaigoさんの著書『超習慣術』の中で、「スモールステップとビックエリア」というテクニックが紹介されています。

簡単に言えば、それぞれ以下のようなものになります。

  • スモールステップ:目標(ビッグエリア)を達成するために刻んだ細かく具体的なステップ
  • ビッグエリア:自分が達成したい目標

実際、肥満の女性を対象にした研究では、「スモールステップ」を導入したグループは、そうでないグループに比べて20%多く体重を落とすことが出来たそうです。

ここでのポイントは以下の2つ。

  1. まず自分の目標(ビッグエリア)を立てたら、それを達成するための具体的なステップ(スモールステップ)を書き出す。
  2. いったん目標を立てたらそのことは一旦忘れ、スモールステップの達成にフォーカスする。目標は、1週間に1回など定期的に思い出すのみとする。

目標を定期的に思い出すのは、方向性を見失わないため。

それ以外はスモールステップの達成に目を向けて、「小さな前進」に集中していきましょう。

こうして目標を細かなステップに刻み、各ステップの達成に目を向けれていけば、「小さな前進」を感じることができるのではないでしょうか。

しかし、ここまでしても、まだ努力が辛いと感じることはあるでしょう。

早々に結果を出す周囲の人たちと自分を比較してしまい、焦りを感じることがあるかも知れません。

努力がなかなか身を結ばずに心が折れそうになる時、どのように考えればよいのでしょうか?

そもそも報われなくてもいいんじゃないだろうか?

ACTをご存知でしょうか?

ACTは認知行動療法の一つである、「アクセプタンス&コミットメントセラピー」の略です。

不安障害の治療などで活用されており、その効果はメタ分析を含む数百の研究により裏づけられています。

細かい説明は省きますが、ACTにはざっくり「不安な感情に対処する」「自分の価値を見定め、それに合った行動を増やしていく」という2つの柱があります。

ここで言う「価値」とは、どのようなものなのでしょうか?

心理療法士でストレスマネージメントの権威でもあるラス・ハリス博士は、著書『幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけない』で、「価値」を次のように定義づけています。

心の中の最も深い欲望。何になりたいか、どんなものを支持したいか、世界とどのように関わりたいかなど。

人生を通して私たちを導き動機づける主要な原理。

出典:『幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけない』

何となく分かりづらいですが、ざっくり「こんなふうに生きていきたい!と心から思える人生の方向性」と考えていただければいいんじゃないかと思います。

よく「価値」と混同しがちなのが「目標」。

ラス・ハリス博士は、「目標」と「価値」の違いを以下のように説明しています。

  • 目標:達成すべきゴールであり必ず終わりがある。成功/失敗という結果が明確。
  • 価値:常に現在のプロセスであり終わりがない。成功も失敗も存在しない。

達成したら終わるのが「目標」。

ゴールがなく常に終わりが来ない、つまり「報われる」瞬間がないのが「価値」です。

前置きが長くなりましたが、このように「目標達成に向けて努力する」のではなく、「自分の価値に沿った行動を取り続ける」ことを目指してみてはいかがでしょうか。

自分の価値に従って行動している限り、初めから「報われる」という考え方がないわけです。

「目標に向かって努力をする」という考え方が染み付いている方には、違和感があるでしょう。

「そんなのでいいのか?」と思われるでしょうが、例えば以下の研究があります。

  • 6000人の男女を対象とした2014年のロチェスター大学のコホート分析では、「価値観を持っているか?」にイエスと答えた人は、14年後の死亡率が15%も低い傾向があった。
  • 5000人のアメリカ人を約10年追跡したコーネル大学の調査で、自分の価値観に従って毎日を暮らす人ほど年収が多く、「人生の価値」の強さが標準偏差から1つ高くなるごとに貯金額は244万円ずつ増えていた。

「自分の価値」に従って行動している人は、より健康で、年収も多くなるようです。

さらに「価値」は、困難な状況でさえ生き抜く力を私たちに与えてくれます。

自身もアウシュビッツ強制収容所で4年を過ごした精神科医のヴィクトール・フランクルは、「迫害の繰り返される死の収容所にあって生き延びることができたのは、肉体的に健康的な者ではなく、人生の目的としっかりつながった者だった」と述べています。

哲学者のニーチェは、以下の言葉を残しています。

生きる意味を見出した人は、大抵のことは耐えられる。

-フリードリヒ・ニーチェ(哲学者)

これらは決して「目標達成に向けて行動することが悪い」という話ではないのでご注意ください。

しかしこうして自分の価値観を探り、そこに従った行動を心がけてみると、別の可能性が見えてくるかもしれませんね。

努力が必ず報われると思ってやると辛い。

そうではなくて羅針盤に沿って冒険しながら進むつもりで、プロセスそのものを楽しむ。

シンプルにそれでもいいのではないでしょうか。

最後に、明石家さんまさんの言葉を引用して、この話を終わりたいと思います。

努力を努力だと思ってる人は大体間違い。好きだからやってるだけよ、で終わっといた方がええね。これが報われるんだと思うと良くない。こんだけ努力してるのに何でってなると腹が立つやろ。人は見返り求めるとろくなことないからね。見返りなしでできる人が一番素敵な人やね。

-明石家さんま(タレント・テレビ司会者)

コメント

タイトルとURLをコピーしました